巷では「三回見たら死ぬ」
とされる絵の作者(↓はその絵ではありません)

が
実はもう亡くなっていたそうで
せっかくなので紹介されていたサイト様がありましたので
お借りして紹介させていただこうと思います
ちなみにこの人がベクシンスキさん

ベクシンスキさんはポーランドの画家で
身体の損壊、崩壊する巨大遺跡などを中心とした、美しくも昏い世界を描き続ける。
彼の描く世界はどれも終末的な痛々しさと共に強い死臭を漂わせるが、それは決して醜怪ではない。寧ろ、静謐で荘厳な美しさを湛えている。
物と一体化した人体や死者の集会など、人の死をベースとした作品も多いが、私は巨大構造物を扱った作品を好んで眺める。特に画集の表紙にもなった方舟は、青の美しさと共に強く影響を受けた。
だそうです
関心空間さん 転載
http://www.kanshin.com/keyword/38489それでですね
亡くなった理由というのはあまり良いものではないらしく
やはり退廃的な作品を生み出す方はその様な運命をたどるのでしょうかね?
それでは詳細↓
2005年 2/25の段階でベクシンスキー殺害の犯人として拘束されているのは
19才のRobert K
17箇所を刺して殺した主犯。自白した模様。
もうひとり、16才のLukasz K.が共犯で拘束。かれらは親戚かなにかでしょうか。
主犯のRobert Kはベクシンスキーの長年にわたる友人であり支援者の息子らしく。
犯行の動機は不明ながら、金をせびろうとして断られたのが動機という見解アリ。
ベクシンスキーは少年時代、ナチスのポーランド侵攻を経験している。
でもベクシンスキーにとっての死の天使は、第二次世界大戦でもナチスでもなく
平和な時代に生まれ育った同じポーランド人(多分)、それも長年の友人の息子だったわけで。
皮肉というか何というか。
ベクシンスキーの絵は「幽玄」の一語がよく似合うとワタクシは思う。
淡い闇の深さ、黄昏のような荒涼として死に絶えた風景のなかに
人とも獣とも区別が付かない異形の者が無言で佇む。
ごく僅かだけど、まれに画面にのぞく青空は鮮烈でものすごく綺麗。
ベクシンスキーの略歴。
スジスワフ・ベクシンスキー Zdzislaw Beksinski (1929 - 2005)
1929年2月24日(警察の死亡発表が2月22日だから、誕生日の数日前に殺された事になる)
ポーランド南東、国境に接した小さな町サノクに生まれる。
曾祖父はワゴン工場( ってナニ? )設立。祖父は建築士、父は測量技師。
このような家系の圧力から、戦災を免れた古都クラクフにあるクラクフ工業大学の
建築・設計学部( ? )で1947〜1952年まで学ぶ。
1951年に妻帯、工事監理者として建築業務に従事。
1958年に息子Tomasz誕生。
ここでちょっと小ネタ。
ベクシンスキーが学ぶことになる古都クラクフには第二次大戦中
ナチスが作ったユダヤ人・ゲットーがあったそう。
そのクラクフ・ゲットーにベクシンスキーより四つ年下、パリ生まれの
ユダヤ系ポーランド人の少年がいた。
収容所送りとなった母親とは死に別れる。ゲットーを脱して戦火を生き延び
のちに映画監督となった。
ロマン・ポランスキーだ。
クラクフが舞台の映画「シンドラーのリスト」監督オファーを自らの体験に近すぎると辞退し
近年になってからナチス圧制下のポーランドを描いた映画「戦場のピアニスト」を手掛けた。
この映画で描かれた瓦礫と硝煙、火炎放射の燃えさかる炎で彩られたポーランドの惨状は
ベクシンスキーの絵画と、当然ながらよく似ている。
閑話休題。
不本意な建築の仕事に興味を持つことなく、幼少から持ち続けた
熱意にしたがって芸術の分野に身を投じる。
1977年、故郷サノクを後にして首都ワルシャワへ家族と共に転居。
大都市の人混みに紛れる無名の一市民として、さながら隠棲のごとき暮らし。
1987年 "夢"(The Dream) 、
1990年 "ベクシンスキーの謎"(The mystery of Beksinski) として
アートワークを題材としたふたつのショートフィルムが制作された。
1998年、妻に先立たれる。
1999年のクリスマス・イブ、息子Tomaszが鬱病の果てに自殺。
遺体の第一発見者はベクシンスキーだった。
そのすべてが無題である彼の作品は、母国ポーランドはもとより、フランス、日本、
アメリカなどでも根強い支持を得る。
造形、ドローイング、ペインティングほか、1997年からはCGでのフォトコラージュも手掛ける。
母国語以外は話さず、母国を離れた事は一度もなかった。
地位を確立した後も、マスコミ嫌い、政治不信、集団を嫌って孤独を好んだ。
" 私の絵に定義づけ、意味を問う行為は無意味だ。私自身意味は分からないしね。
そのうえ、理屈にはサッパリ興味が無いんだ。"
" 描き始めた当初からひたすら専念してきたのは、うつくしい絵を描こうという、ただそれだけ。"
この75年間の人生の結末。あらためてご冥福をお祈りいたします。
(一部省略 改編させて頂きました)
転載 ULTRA GEWALTさん
http://sampei.blog.ocn.ne.jp/ultra_gewalt/2005/03/post_2.html絵柄的にもっと若い方だと勝手に思っていたのですが
結構高齢だったんですね
絵を飾れる様な家に住む事があったなら是非とも飾ってみたいですねえ
↓こちらがBeksinskiの公式サイト
http://www.beksinski.pl/興味があったら買ってみるのもよいのではないでしょうか
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